おはようございます。
佐々木です。
秋の話ばかりで申し訳ないのですが、今回も秋のお話。
あまりメンタル的な話をする事がないので、
たまには触れていこうかと思います。
秋のメンタルというと、「愁」という言葉がやはりピッタリですね。
「秋」に「心」ですからね。
この「愁」という言葉だけで、うれえる・思いなやむ・悲しむ、とかそういう意味があるみたいなのですが、
やはり夏のイケイケな感じからすれば、そういう寂しさみたいなのを感じやすいのだと思います。
この精神状態が悪いのかと言われれば必ずしもそういう訳ではなく、
むしろ一年を通じてそういう瞬間がある事はとても大事な事です。
感情でも運気でも、大なり小なりアップダウンがあるからこそ色んな物を楽しめますよね。
だから落ちるのも大事なんです。
ただ、過度なものは何事も悪影響を及ぼします。
過ぎたるは猶及ばざるが如しと言いますしね。
なんならやり過ぎたものは取り返す事ができませんので、
足りない事より問題があるかと思います。
なんて言っちゃいましたが、そんなに大袈裟に考える必要はありません。
これはこれで後で気付けば十分です。
それよりも秋ならではの事について触れていきます。
「愁」という言葉に触れましたが、
東洋医学に於いても、正に秋は「愁」なのです。
というのも陰陽五行説の考え方で、感情的な部分に「五志」というものがあります。
その中に「愁」がある訳ではないのですが、「五志」の秋にあたる金の部分は「悲」になります。
つまり意味的には「愁」と同じ訳です。
ここから先へ更に考える為に必要なので陰陽五行説について触れておきたいのですが、
陰陽五行説というのは森羅万象を五つの性質に分けている「木・火・土・金・水」のやつですね。
季節を分けると「春・夏・土用・秋・冬」で、
内臓を分けると「肝・心・脾・肺・腎」となります。
先ほどの五志は「怒・喜・思・悲・恐」なのですが、
これらを五つに分けてどう見るのかというと、簡単に考えれば、その物や状態を過度にやってしまうと、
それに対応したものがおかしくなるよ。というものです。
悲しみが過ぎれば、金にあたる肺がおかしくなるといった具合です。
別の見方をすれば、秋はそもそも悲しみを感じやすい。とかですかね。
他にも色々な分け方がありますので、「五行」とか「五行色体表」とかって調べてみると面白いかと思います。
単純に五つに分けるというとこんな感じですが、
これに更に「相生相剋」という考え方を加えるとより面白く活用できます。
相生相剋というのは五つの性質にもそれぞれ関係性があるという考え方です。
下の図はどこかから拝借させて頂いたものなのですが、
太い赤矢印は「相生」、細い青矢印は「相剋」となります
相生は親子の関係といわれ、矢印の方向に力を与える関係となります。
相剋は上司部下の関係という感じでしょうか、逆に矢印の方向の力を抑える様な関係になります。
順当に考えれば相生は良い関係、相剋は少しピリッとした関係の様に思えますが、
親子ならではの問題、上司部下だからこその関係性っていうのもあります。
相生は親→子という力の巡りがありますが、
これは基本的に同じ力の配分であれば親の方が優位になりやすく、子が少しだけ劣る形になります。
ところが力の配分が崩れ、子の方が強い力を持つとどうなると話は変わってきます。
親から子へは力は巡りますが、子から親というのは無いのです。
むしろ親を疲弊させる事になってしまいます。
どこにでもいるその辺の親子を想像してください。
親が子を育てるものですが、子があまりにやんちゃできかん坊だった場合はどうでしょう。
育てるのも一苦労ですよね?
身近な親へは遠慮もありませんから、やりたい放題になってしまいます。
こうなってしまっては親には手が付けられない状態になってしまうのですが、
こうなった時にこの子を、まあまあ落ち着いて。と宥められるのは上司部下の関係にある相剋になる訳です。
そしてこの上司と親は親子関係にあたる訳ですから、親は子として上司から気を貰い、上司は子を宥め、親が元気になれば子もまたよく育つ。
と順繰り巡っていきます。
だから相生と相剋はどちらが良いとか悪いとかではなく、
力の循環とコントロールをそれぞれ行っていると考えて頂ければと思います。
ではここで話を秋の話に戻します。
秋は悲しみが増え、肺がよく働き、疲れ易くなります。
これをベースに考えて、先程の相生を加えます。
「肺」の親というのは「脾」になります。
脾というのは五志では「思」となっていますが、これは思い悩むという事で、
思慮が深くなり過ぎると脾の気が固まってしまいます。
ムムムムム…ってやっていると中でギュッとなっちゃうんですね。
本来なら秋に疲れやすい肺は脾の気の力を受けて、
上手くやり過ごすのですが、
もし仮にここで思い悩む事が多く、ムムムムム…となって、
固まってしまう様な事があると肺は元気がなくなってしまいます。
ここで悲しみや心配事が重なるようだと、今度は肺の気というのは無くなります。
無くなるというと少し大袈裟ですが、
言ってしまえば上の空になってしまう感じです。
秋の病証というのは恋煩いに似ていると言われていますので、
まあこ
れもその通りな表現ですよね。
心此処に在らず。あの人の事を思ひ溜め息一つ。
何も手が付かない。少し横になろう。
そんな具合です。
別に恋をしている訳でも無いのにこんな事になったら要注意という事で覚えておいて下さい。
こんな諸々の症状や感情を含めての「愁」なんだろうなと、改めて思う次第です。
ここからはオマケですが、少し話が戻って、脾の気は固まってどこへ行くのか。
大体が胃に留まるのですが、ここでストレスなどで肝の気の流れが悪くなったりしていると、
少し上に上がって喉辺りに来る事があります。
喉に何か引っ掛かる感じがあるけど実際には何も無いような、
そんなモヤっとしたものが出来たりします。
咳払いをしても取れないので鬱陶しいんですよね。
梅干しの種がそこにあるような感じがするから「梅核気」なんて言われたりします。
ただモヤっとする何とも言えない感じなのですが、
実は複合的に症が組み合わさっていたりしますので結構面倒くさいんです。
不調のピーク後に出たりするので、そこから上がり調子って事も多いのですが、
色々拗らせている事を考えるとそう単純なものではないんですね。
パーッと生活が変わったりすればスッと無くなったりしますが、
そうではないのであれば、一個一個治す方が無難だと思います。
恐らくそれ以外に色々と症状が出ているかと思いますしね。
随分長い話になってしまいましたが、
秋のメンタルっぽい症状というとこんな感じで出易いです。
イメージは恋煩い、とりあえずこれを忘れなければすぐに気付けるかと思います。
ふぅ…
はぁ…
腹減った…
あ、ただの食いしん坊ですいません。
食欲の秋ですからね。
皆さんも食べ過ぎない様に気を付けて下さいね。